Mag-log in藤堂氏の特別室に入る。ベッドの上の藤堂氏は難しい顔をして私たちを迎える。「待っていたよ」そう言ってほんの少しその場の空気が柔らくなる。「それで……千堂の方は?」そう聞かれて私たちは言う。「千堂弘はベイサイド・パイロットプラントに居るようです。そこへ愛沢くるみを検体として運び込みました」私がそう言うと藤堂氏が呟く。「検体として……」私が遼大を見ると、遼大が頷く。「千堂弘は千堂彰の作った新薬の完成をどうやら目論んでいるようなんです」そう言いながら遼大はタブレットを藤堂氏に差し出す。そこには千堂家の捜索で手に入った情報が整理されている。私も藤堂氏の病室に来るまでに一通り、目を通したものだ。そこで千堂弘の目的が見えて来た。千堂弘の目的は異母兄・千堂彰の作った悪魔の新薬であるレプリトール・ディザスターの完成と、人体に及ぶそのメカニズムの解明にあるようだった。「メカニズムの解明か……」そう言いながら藤堂氏が苦笑する。「根っからの研究者、という訳か」そう言われてしまえばそうなのだけれど。「ですが、彼の使っているのは未承認薬です。それは人体実験などして良い代物ではない」遼大が強くそう言う。「藤堂氏の方から圧力はかけられませんか?」遼大がそう聞くと藤堂氏が頷く。「私の方からも動いてみよう。それから」そう言って藤堂氏が控えていた藤堂夫人の方を見る。藤堂夫人は頷いて、私たちに何かを差し出す。「これは?」遼大がそう聞くと藤堂氏が言う。「私の持っている人脈を簡単にリスト化したものだ。この中の誰であっても、声をかけてあるから、自由に使いなさい」そう言われて私は遼大と顔を見合わせて微笑む。「ありがとうございます」そう言って頭を下げると、藤堂氏が言う。「君たちは私の命の恩人だ。特に佐伯燈先生には大変、世話になったと聞いている」そう言って微笑む藤堂氏に聞く。「誰からそんな事を?」そう聞くと藤堂氏が笑う。「さっき、駆け込んで来た久遠先生だよ」◇◇◇薬品を調剤する。軽く煙が上がるが、これは正しい反応だから心配はいらない。匂いがしてもダメだし、即効性を高める為には揮発性の方がずっと良い。それはさっきの聖カトリーナの小爆弾でも証明された。鼻歌を歌いながら、僕は薬品を調剤する。どこへこれを持って行かせようか。今、聖カトリーナには高
「レプリトールが元凶だというのなら……」遼大が私を見る。私は頷いて言う。「自然に症状も落ち着くはずだわ」そう言ってER全体を見回す。「でも、この状態は良くないわね」そう言って溜息をつく。「万が一にもレプリトールに過剰に反応する人が出ないとも限らない」そう言って私は遼大を見る。「そうだな、ハイドレーションを開始しよう」遼大は賀神さんに言う。「賀神、ハイドレーションに使う輸液の準備を頼む」そう言われた賀神さんが頷いて、歩き出す。「燈と俺は今この現場のトリアージだ」◇◇◇大型の換気システムが起動し、ER全体の淀んだ空気が浄化される。「外に居る者にあのボトルを渡して解析させよう」遼大が言う。「そうね、詳しい分析結果を見たいわ」あれだけ混乱していたER全体が私と遼大の指示で整然としていく。賀神さんが輸液の準備を進め、順番にハイドレーションを進めて行く。ERが落ち着きを取り戻し、症状の出ていた患者さんや医師、看護師たちもその症状が落ち着きを見せ始める。私と遼大は顔を見合わせて、空気の状態を確認する。正常値まで戻っているのを確認し、防護服のマスクを外す。収束は意外と早かったように思う。だからこそ。この混乱の意図が見えて来る。「千堂弘の目的は……」遼大がそう言う。私もそんな遼大に頷き、言う。「大量の患者を出す事だけでなく、これは時間稼ぎね」私も遼大も、そして賀神さんも。三人ともが医師だ。今はEMSOという組織に属してはいるけれど、その根本は医師、つまりは傷病者を放ってはおけないという事を、千堂弘は利用した。ERへ湊が入って来る。「大丈夫か?」湊にそう聞かれて私も遼大も頷く。「問題無い。大丈夫だ」遼大がそう言う。「原因は?」湊にそう聞かれて私は言う。「ER内に持ち込まれた毒物よ」そう言うと湊が信じられない物を見るように言う。「毒物?」聞かれて私は遼大を見る。遼大が言う。「燈が発見したんだ。揮発性の未承認有機化合物のようだ」そう言うと湊が呟く。「未承認有機化合物……」そこでハッとする。「レプリトールか……?」そう聞かれて頷く。「えぇ、私に使われたものと、また型が違うようだけれどね」遼大が防護服を脱ぎながら言う。「元凶になった物質については分析に回したよ」◇◇◇目の前の検体は良く眠ってい
「という事は防護服を着ていなければ、誰しもが漏れる事無く感染している、という事か」賀神さんがそう言う。「あぁ、おそらくそうだろうな」遼大がそう言う。「細菌か、ウィルスか……」遼大はそう呟いて、医師に聞く。「血液検査は?」そう聞かれた医師が言う。「この患者さんの血液は既に検査に回してあります」遼大がERの時計を見上げる。「じゃあ、そろそろ結果が出ている頃合いだな」そう言って遼大は私を見て聞く。「任せても良いか?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、もちろん」遼大は賀神さんを見て言う。「燈のサポートを」そう言って遼大が歩き出す。「原因が分からなければ、手の出しようが無いですね……」賀神さんのそんな声が聞こえていた筈なのに、私は、全く違う事を考えていた。さっきから自分の足元に転がっている空のボトル。それが気になって仕方ない。(大丈夫よ、私は防護服を着ているし、手元も手袋をしている……)そう言い聞かせて私は足元に転がっている空のボトルに手を伸ばす。「佐伯顧問?」賀神さんにそう聞かれて私は一旦、手を止めて、賀神さんを見る。「これ、気になって」私がそう言って指差すと、賀神さんもその空のボトルを見る。「確かに」賀神さんは私が拾おうとするのを制して、手を伸ばす。「待て!!」そんな声が響き渡り、賀神さんが動きを止める。声は隣のベッドからだった。隣のベッドで息を切らしている一人の男性。頸部から胸部に掛けて、酷い紅斑が出ている。賀神さんは眉間に皺を寄せてその男性に聞く。「何か知っているのか?」そう聞くとその男性は息を切らしながら言う。「俺は……騙された、んだ……」私も賀神さんも顔を見合わせて頷き合い、その男性に向き合う。「騙された?」賀神さんがそう聞くとその男性が頷く。「聖カトリーナの……ERに行って、そのボトルの蓋を開けて……転がすだけで良いって……」そう言いながらその男性は天井を仰ぐ。「大金が貰えるって話、だった……」つまり、これは誰かが仕掛けたバイオハザードだという事……そしてそれはおそらく千堂弘の仕業だろう。私は足元に転がっているボトルを見て、言う。「見たところ、中身は入っていないように見えるけれど、何か入っていた?」そうその男性に聞くとその男性が言う。「俺が、手にした時は……中に、透明な液体が入
遼大が指示を出したEMSO日本支局の人間が聖カトリーナに集結する。「持って来たか?」遼大がそう聞くと遼大の部下のうちの一人が頷く。「EMSOの方で保管、管理していたものをお持ちしました」そう言ってたくさんの機材と荷物を運び込み始める。「これは?」湊がそう聞くと遼大が少し笑う。「陽圧式防護服だよ」遼大はそう言って、湊に更に湊に言う。「湊くんはこのまま聖カトリーナに来ている患者さんたちを外に誘導してくれ。中には俺たちが入る」遼大はそう言って私を見て微笑む。「高嶺さん!」そんな声がして振り向くと、EMSOから加山良江と真壁早妃も来ていたようで、遼大を呼んだのは真壁早妃だった。真壁早妃は遼大の部下の人たちの中から抜け出て、私たちのところまで小走りでやって来る。「バイオハザードだと聞きました……」純粋に心配しているのだろうけれど、遼大を見上げる真壁早妃の瞳に何だか少しだけモヤッとする。見上げている真壁早妃に遼大が表情を変えずに言う。「あぁ、だから防護服を持って来て貰ったが」そう言って遼大は私を見下ろして微笑み、言う。「燈と一緒に入るから大丈夫だ」遼大はそう言って私の頭をポンと撫でて、視線を上げる。「賀神! お前も来るだろう?」視線の先に居た賀神さんは、遼大にそう聞かれニヤッと笑って言う。「当然です」そう言いながら賀神さんは早くも防護服に手を掛けている。「まずは、何が起きているのか、何が原因かを特定しなきゃいけない」遼大はそう言って部下の人たちに言う。「聖カトリーナを封鎖。症状を出ている者を隔離。ロビーを空けるんだ」部下の人たちが遼大の一声で一斉に動き出す。「さぁ、燈、行こうか」遼大はそう言って防護服を手に取る。「えぇ、そうね」◇◇◇防護服を着てERに入る。中はさながら戦場のような状態だった。吐気を訴える人、体中に発疹の出ている者、それを看護する看護師と医師たち。「私はEMSOの責任者、高嶺だ。今からトリアージを開始する。医師も看護師も、自覚症状のある者は患者として扱う。自覚症状の無い者は防護服を着るように」そう言って私たち三人はERの中心部へ行く。その場に看護に当たっていた医師たちと看護師が集まる。「まずは何が起きているのか、教えてくれ」遼大がそう言うと、医師の一人が言う。「私が把握している限り、今、蔓
ノートPCのキーボードを叩いていた加山良江が不意に言う。「今、ベイサイド・パイロットプラントの情報を聞いて、愛沢くるみのスマホから出ている微弱な電波と照らし合わせてみたんです」そう言って加山良江が顔を上げる。「精密さは欠けますが、大体の位置情報が一致しています」そう言われて私たちは顔を見合わせて頷く。「愛沢くるみはおそらく、ベイサイド・パイロットプラントに居るわね」私がそう言うと、皆が頷く。「敵の位置情報は確定したが」遼大が腕を組み考える。「どうやってそこに踏む込むか、ですね」賀神さんが言う。「千堂家に入った時の爆発だとか、そういうのは理由には出来ないのか?」一条和輝がそう聞く。「まぁ、出来ない事も無いだろうな……そもそも爆発物があったというだけでも、こちらにはかなり有利だ」遼大がそう言い、湊を見る。「湊くん」遼大は湊に言う。「藤堂氏にこの事を報告してくれないか」そう言われて湊が立ち上がる。「分かった、すぐにでも行って来る」湊はそう言って歩き出す。「そうか、藤堂氏なら動かせる……」賀神さんがそう言って少し笑う。「あぁ、そうなんだ。藤堂氏の力があれば、かなりの力を動かせる」遼大がそう言う。湊が部屋を出て行き、私たちはそれぞれ考えを巡らせる。「でも千堂家から逃げ出したのと同じように、ベイサイド・パイロットプラントへの侵入を察知したら千堂弘はまた逃げるかもしれないのよね?」私がそう言うと、遼大も頷く。「そうなんだ、その可能性は高いだろうな」そう言って遼大は加山良江を見る。「加山さん、現状、千堂家が持っているであろう資産状況を洗い出してくれ」そう言って遼大は今度は真壁早妃を見る。「真壁さんも一緒に」そう言われた真壁早妃が頷く。「はい」真壁早妃は立ち上がり、加山良江の居る席へ移動し、加山良江の使っているノートPCと真壁早妃の持っているタブレットを操作し始める。その時だった。けたたましく鳴り始める私のスマホ。私は少し驚いてスマホを取る。みればそれは湊からだった。電話に出る。「もしもし」そう言うと移動中であろう湊が答える。『燈? 悪い、今、聖カトリーナでスタットコールが入った』そう言われて私は驚く。「スタットコール?」私のその言葉を聞き、私の隣に居た遼大も私を見る。『あぁ、そうなんだ。まだ状況
そう言われた真壁早妃は少し俯き、そして遼大を見ている。遼大は小さく溜息をついて、立ち上がると言う。「真壁さん、この通り、俺は大丈夫。だから戻ってくれ」そう言いながら遼大は両手を広げて見せる。真壁早妃は俯き、そして私たちに背を向ける。一歩前に進んだ彼女は、そのまま踵を返して、また私たちに振り向く。全員が真壁早妃を見る。「あの……」そう言って、手に持ったタブレットを握りしめるようにして声を絞り出す。「高嶺さんたちが何を探っているのか、一応、聞いています。それで……その……」そう言いながら真壁早妃はタブレットを焦るように操作し始める。「開発局で千堂彰の暗号化された残存データを洗い出していた時、薬事監査の裏をかくために作られた不審なダミー資産のファイルを見つけたんです……」真壁早妃の指先が震えているのが分かる。真壁早妃は遼大を見て続ける。「今、データを送ったので、ご確認お願いします」そう言われた遼大は賀神さんを見る。賀神さんが頷いて、自身が持って来ていたタブレットを操作し、確認する。「高嶺」そう言って賀神さんが遼大にタブレットを渡す。遼大はタブレットの画面を見て、少し考える。そして私にタブレットを見せてくれる。そこにあったのは千堂彰の残存データの中に残った、千堂家の査察逃れの為に所有していたとある施設の名前だった。「ベイサイド・パイロットプラント……」私がその施設の名を読むと、湊が少し驚く。「ベイサイド・パイロットプラント?」湊はそう言い、更に言う。「湾岸にある物流倉庫の名前じゃないか」そう言われて私は湊に聞く。「そうなの?」私がそう聞くと、そこで一条和輝が言う。「あぁ、僕も知ってるよ、ベイサイドパイロットプラントって医療系の物流倉庫だよな?」(医療系の物流倉庫……)「でもそこが千堂家の所有だとは知らなかったな」湊がそう言う。「表向き、千堂家の名前を出さない事で、査察逃れに使おうと思っていた、というところか」遼大が考えながらそう言う。「そうかもしれないわね」私がそう言うと遼大がスマホを取り出す。「部下に言って、様子を見させよう」そう言いながら遼大はスマホで電話をかけ始める。私は事態を見つめている真壁早妃に言う。「あなたも座って」そう言うと真壁早妃がホッとしたような顔で、私たちの輪に加わる。まさか真壁早妃が打